Leaf 7
車内に空いている席を見つけた早瀬は、ちょこちょこと駆け寄ると腰掛けた。彼女は正面に立った竹内をまぶしそうに見上げた後で、そっと目を瞑った。呟くように「せっかくリラックスしていたのに、余計なことを思い出しちゃった」と漏らした。尋ねると、両親の姿がちらついたと笑う。酔いのせいか疲労のせいか、と首を横に振る彼女の瞼には疲労の色が浮かんでいた。竹内はその小さな顔をしばらく見つめた後で、視線を吊り広告に移した。内容はあまり頭に入らなかった。
二つ隣の神保町駅に着く。竹内に起こされた早瀬はふらふらとホームを歩いていたが、既に先へ行ってしまっていた彼に気付くと必死で追いかけた。
半蔵門線のホームに降りると、竹内は、
「次は中央林間行きみたいですが、桜新町も通りますよね」
「はい」
「それならよかった」
――ここまで回想してから、竹内は首を傾げた。その後の場景が思い出せない。どのように電車に乗り、車内で早瀬とどのような話をしたのか、あるいはしなかったのかさえ記憶に残っていない。確かに異性を家まで送っていくのは、高校の時以来であった。しかも当時見送った相手は恋人、今回は殆ど初対面の相手である。しかし、そのような緊張が彼の記憶を掻き消したのではない。ただ覚えているのは、桜新町駅に着いた時の早瀬の妹の表情である。
「どこ行ってたの……」
それから見た光景、気づくと夜が明けていた街並み、ふと見上げた青空……。その日から一週間が経った今、竹内は早瀬に会いに行く地下鉄の中である。
いてもたってもいられずに点けたスマートフォンの画面には、デジタル表示の時刻の奥に先週見上げた青空が映っていた。それをポケットにしまって乗換駅の渡り廊下を歩く。それでもなお、瞬きをする度に、あの日の景色が浮かんでくるのだ――。
[Tree 1 おわり]