Forest of Stories

Even one leaf is a part of THE FOREST.

Leaf 5

竹内は、倉下と早瀬の関係性を密かに疑った。社内でどれほど仲が良いのか知る由もないが、軽くそのような話ができるのは「適切な先輩・後輩の関係」からはどこかずれている気がした。一階に降りた後に早瀬と二人きりで取り残された竹内は、彼女にどのように切り出し、どのように期待を裏切るかを思案した。

「早瀬さん、あの――」

「まさかホテルになんて行かないですよね、そのかわりに、どこかカフェにでも」

突然真剣なまなざしになった彼女の瞳は、思っていたより大きかった。

「私、秋葉原にほとんど来たことがなくて、お店がよくわからないんです。もし竹内さんがご存知でしたら」

「いつも行っているところがあるので、とりあえずそこに行きましょうか」

竹内の眼にはどこかおびえているようにさえ映った早瀬は、彼の斜め後ろを不安そうについていく。神田川を渡るとき、人ごみの中ではぐれないように竹内に近づくと、ふわりと優しい香水の香りがした。早瀬はなぜか照れくさい気持ちになって、顔を右下に傾けた。

そんな彼女の様子に気づくはずもなく、単に無言に耐えかねた竹内は「コーヒーと紅茶、どっちが好きなんですか」と尋ねた。しかし、「私、コーヒー飲めないんです」という返答は、周囲の騒音にかき消されてしまいそうに小さな声だった。竹内の返事も聞こえなかった。

店は、地下鉄の岩本町駅と並んで通りに面するチェーン店だった。店内に人は少なく、窓際で2、3人が勉強しているくらいのものである。冷え切った二人の身体を暖かい空気が包み込む。

ロイヤルミルクティーを二つお願いします」

竹内はカウンターの店員に告げると、早瀬に「席、どこでもいいので」と促した。ぶっきらぼうな気がしながらも、女性にどのように接したらよいのかわからずに、いつも以上に無感情に言葉を発してしまう。一方の早瀬はにこりとして端の方の4人掛けの席を確保したようだった。

白いマグカップに入れられたロイヤルミルクティーがこぼれないようにトレーを席に運ぶと、早瀬は「ありがとうございます」と大げさな動きで彼にお辞儀をした。ぎこちない微笑で応えた竹内は、上着とマフラーを隣の席に畳んで置くと、早瀬に向き直った。

「……もちろん初対面でホテルに行こうとは全く思っていませんでしたが、しかしカフェというのは……?」

「お話がしたくて」

「話ですか」

意図が読めずに狼狽する竹内に構うことなく、早瀬は続けた。

「竹内さんは倉下さんと仲良しだとお聞きしているので、少しためらったのですが、やはり言わずにはいられません。……私、あの人が怖いんです」

「倉下が怖い」

「はい。会社の女の人は結構警戒しているんです。彼女がいるのに、社内で異性を見つけるたびに声をかけるので……。何人かは、それこそホテルに連れて行かれたみたいです」

「ラブホに? 彼女持ちなのに?」

竹内は驚きのあまり、それまで勤めて丁寧にしていた言葉遣いが崩れた。

「しかも、扱いが乱暴らしいんです。女性をモノみたいに遊ぶってみんな言っています」

いくらなんでも彼がそんなことをするはずがない、と思いながらも、彼ならやりかねないという気もし始めるのだった。竹内が相槌を打ちかねていると、

「こんなこと突然言われても驚きますよね。ごめんなさい。ただ、竹内さんにしか言える相手がいないと思ったので……。会社の男性たちは誰がどのくらい倉下さんと繋がっているのか分かりませんし、まして女性は被害者ですし」

「いや、友人として、言ってくれてむしろありがたいです。倉下をそれとなく探ってみますね。もちろん、早瀬さんから聞いたということは絶対に知られないようにします」

それから、と竹内は早瀬に質問を投げかけた。