Forest of Stories

Even one leaf is a part of THE FOREST.

Leaf 9

話ができる程度の距離まで近づくと、彼女たちからは少し焦げたような匂いの中に汗くささが漂っていた。男性のそれとは異なるとはいえ、やはり嗅覚を強く刺激する。洗い立てのセーターが後ろめたく思えて、殊更にコートの襟を立てて話しかけた。

「お疲れ様です」

口をついて出た言葉がこれだった。二人は小さく頷いたまま、表情を変えない。言葉選びを間違えてしまったかもしれない、と直感して、慌てて言葉を継いだ。

「ご両親におかれては……」

「いえ、大丈夫です。一週間経って、だんだん落ち着いてきていますので。生活がそれどころではないというのもありますが」

口を開いたのはやはり妹のさおりだった。疲れ果てた表情から発せられる言葉は、僕の心に棘を刺す。彼女たちがこの一週間で苦労を重ねている間、僕は一体どんな生活を送ってきただろうか。それを思った途端、全ての語彙が頭の中から溶け去ってしまった。

その沈黙に耐えかねた様子で、さとみが顔を上げた。

「竹内さん。私たち、お腹が空いてしまっていて……。お金もないので、どうしようもないんです。申し訳ないのですが――」

「わかりました。お昼ご飯を食べに行きましょう」

決してきれいとは言えない二人を連れていくには照明の暗い店が良いと考えて、坂を上ったところにあるピザのバイキング店に入った。食べる量に関わらず料金が変わらず、また時間制限もないことから、彼女たちも気遣いなく食べられるのではないかとも思った上での選択だった。

彼女たちは初めて入ったらしく、「こんなお店があるんですね」と少し嬉しそうな表情を見せた。所狭しと並べられたピザやポテトを目の前にして目を輝かせる二人の横顔は、ともに二十歳をとうに過ぎたひととは思えないほどだ。しかしそれは現実を忘れさせるものではない。皿に料理を載せて三人が席に着くと、待ちわびていたようにさおりが話を切り出した。

「先週、よく考えもせずに渋谷で会いましょうなんて言ってしまってすみませんでした。ただ、あのときは気が動転していたのと、両親の生存を諦めかけていた頃だったということもあって、姉と二人になりたかったのです。

その後、両親は真っ黒になって見つかりました。私はそっとその身体に触れたのですが、冬の空気にさらされて、石のように冷たくなってしまっていました。でも、亡くなったときは焼けてしまうほどに熱い中だったのだと思うと、あまりにかわいそうで。消防に発見された時、父は母の上に重なっていたそうです。それが何を意味するのかは分かりませんが、母を守ろうとしたのではないかと信じています。姉は遺体を一度も見ていません。姉のように繊細な人には決して見られるものでもありませんでしたから。

妹の私とは似つかず、姉は昔からおとなしい性格ですが、今回の一件があってからは本当に無口になりました。さっき駅前で会った時に、久しぶりに姉の声を聞いたと思ったほどです。一昨日の三日月を見上げながら、何も言わずに涙を流していたのを見たときは胸が締め付けられる思いでした。

……あっ、すみません。どうそ食べ始めてください。私ももちろん早く食べたいのですが、一度口に運んだら空腹のあまり話す暇がなくなってしまいそうなので」

そう言われて「ではお先にいただきます」と言えるほど僕の神経は太くなかった。とはいえ無視することもできず、傍らのグラスに口をつけた。