Leaf 4
倉下は「あれがさとみちゃんな」と耳打ちすると、「お待たせ―」と調子よく挨拶をした。これは大学時代から変わらない。彼にとって目の前の人の性別など無関係である。男子校出身の竹内には、これが共学校の実力かとまさに驚愕している部分だが、以前から倉下は「単なる性格の違い」と受け流している。竹内は店の前で会話が止まらない二人の様子を見て、ついていけないとばかりに首を右に少しかしげた。
店員と倉下の双方に促されて、竹内は店内へと入った。入口からすぐ右に入ったところに予約されていた4人掛けのテーブルに通された。早瀬の隣に座った倉下が口を開く。
「竹内。彼女が早瀬さとみちゃん。かわいいだろ」
「竹内啓介です。はじめまして」
「かわいいだろって聞いてるんだから答えろよ」
確かに、真正面にいる早瀬はこぎれいな女性だった。透き通るような細く真っ白な指先は、黒いセーターに映えて彼女の女性性を一層強く感じさせる。しかし、竹内にとっては「かわいい」というには少し足りない気がした。好感の持てる薄化粧も、活発そうな明るい表情も、何一つ申し分ないのだが、どうしても「かわいい」という言葉に似つかわしいほどの容貌であるとは言えなかった。竹内は社交辞令で切り抜けようと企てた。
「うん、確かに――」
「いいです、いいです。恥ずかしいからやめてください。もう、倉下さんのせいで」
早瀬はそう言いながら頬をやや赤らめて、
「竹内さんですよね、よろしくお願いします」
それから始まった夕食は、倉下のペースで時折盛り上がりを見せながら穏やかに進行した。竹内と早瀬も打ち解けた様子を見せる。その間に次々に運ばれた肉も、三人の口の中へと見る見るうちに消えていった。
すると倉下は突然思い出したように、
「あっ、そういえば竹内に言ってなかったけど、早瀬さんは携帯を持ってないんだ。家の固定電話しかなくて」
「そうなんです」
早瀬も申し訳なさそうに肯定する。
「だから、竹内がさとみちゃんに次回も会いたければ、今ここでちゃんと決めておかないとだめだぞ」
ここまで1時間半ほど倉下を交えて早瀬と話していたが、今後も恋愛感情が湧く予感はしなかった。これで会うのを重ねても互いに不幸になるだけだろう。しかし行きがかり上、「また会いたい」というスタンスで話をしないといけないはずだ、と竹内は考えた。
「そうなのか。じゃあ早瀬さん、来月のどこかの土曜日でどこか空いている日はありますか」
「待て、竹内。来月って年をまたぐじゃないか。あまりにも日を空けすぎだろ。二人とも、クリスマスの予定は空いてるんじゃないのか」
余計なお世話というのかお節介というのか、あまり気乗りしていない竹内にとっては面倒な横槍だった。されど早瀬は手帳を見ながら答える。
「私は空いてます」
「竹内もだろ」
「そういえばそうだった、クリスマスがあったね。早瀬さん、クリスマスに会うことにしましょうか」
明らかに自分の恋人にするにはもったいないほどの相手であることは確かであったが、なぜか竹内の心は動かなかった。クリスマスに会うことは半強制的な流れで決まってしまったが、内心では途方に暮れたのだった。
食事を終えて再びエスカレーターを下るとき、竹内の後ろに立った倉下は、耳元にそっとささやいた。
「俺はこの後帰るからな」
「いや、俺も帰るよ」
「何言ってるんだよ、このあとは竹内とさとみちゃんは二人にならなきゃさすがにまずいだろ」
「どういうこと」
「聞かなくてもわかってるだろ。このあたりならホテルはすぐ見つかるから安心しろ」
さらに「まさかそんなところまで俺がついていくわけにはいかないからな」と笑う倉下に、初対面でそんな関係になれるはずがない、と竹内は反論しようとしたが、その前に早瀬の言葉に遮られた。
「倉下さん、この後帰っちゃうんですか」
少し酔った様子で、甘ったるい声を出している。
「おう、帰るよ。さとみちゃんは竹内と?」
「そうしちゃおうかな」