Forest of Stories

Even one leaf is a part of THE FOREST.

Leaf 2

「竹内、最近浮いた話とかないの」

思えば倉下のこの言葉からすべてが始まったのだといっていいかもしれない。大学の部活動で知り合った彼とは、互いに就職してから3年が経った現在も交流を持っている。最近では結婚を意識する年齢になったこともあって、顔を合わせるといえば話題もそちらに傾きがちだった。

「申し訳ないけど相変わらず女の子の影はないかな。倉下は彼女とうまくやってるんでしょ? いいよな、余裕で」

 「うーん、何ともなあ。なにより相手はまだ大学生だし、しばらくは学生気分のデートを重ねるしかなさそうだな」

「そうか。それもそれで楽しいんじゃない。なにはともあれ、結婚式には呼んでくれよな」

「いや、結婚は案外竹内の方が早かったりするかもしれないぞ」

喫茶店の店内にたばこの煙が漂う。レモンティーを口へと運びながら。いつも通りの他愛ない冗談を微笑んで受け流した。早く結婚したくても相手がいなくてはどうしようもないじゃないか。そう自虐的に答えようとしたところ、倉下は珍しく真剣な口調で『早瀬さとみ』という名前を口にした。

「俺の職場の一年後輩なんだけどさ。この間、うちの部署に配属になって、俺が教育することになったわけ。一目見たとき、絶対この子は竹内に似合うなと直感したんだ」

「倉下がどう思ったって、その子が彼氏持ちだったらどうしようもないじゃんか」

「フリーだから言ってんの。会ってみたい?」

竹内は密かに倉下の発言を疑っていた。いつも他人をからかってばかりの彼のことだ。話を盛り上げておいて、信じ込んだところでウソでした、という種明かしをするというのも十分考えられる。本気ではのめり込まないようにしつつ、話を合わせた。

「お、会ってみたいね」

「よし、会いに行こう」

内心、竹内は更に疑いを深めた。これほどにとんとん拍子に物事が進むことなど考えられない。必ず大きなオチがやってくるに違いない。グラスに半分以上残っていたコーヒーを目の前で一気に飲み干す倉下の喉元を眺めながら、やれやれ、と小さなため息をついた。

店を出ると、北からの冷たい風が彼らの頬を刺した。倉下は彼女から贈られたというタータンチェックのネックウォーマーをバッグから取り出すと軽やかに歩き出した。街は三週間後のクリスマスに向けて慌ただしい。バスロータリーに沿うように植えられた街路樹にさえ申し訳程度のイルミネーション電線が巻かれ、道行く人は色とりどりの大きな紙袋を膨らませる。この一億総夢見心地の雰囲気の中で、独り竹内だけが現実以上の現実をどこかに見つけようとしていたのだった。一方で、倉下の冗談に付き合うのを厭っているわけではないということも事実だった。日々代わり映えしない仕事ばかりしていると、不思議とこんなことさえ楽しく思えてくる。

二人はJRの改札口を抜けて、ホームでやっと向かい合った。倉下は満面の笑顔で、

「これから秋葉原駅まで参りますのでお乗り遅れなさいませんようにご注意ください」

秋葉原? そこにその……早瀬さんだっけ、がいるとでも? まさかメイド喫茶じゃないだろうな」

メイド喫茶って、定着しすぎてもはや久しぶりの響きだな。そんなことはいちいち聞かなくていいんだよ、俺についてきてくれれば」

間もなく到着した電車に乗り、座席の前に並んで立った。背の高い倉下は、いつも吊革がぶら下がるバーをつかむ。大学時代はそのまま懸垂をしたりなどして一緒にいるこちらが恥ずかしかったものだが、今となってはその面影もない。真面目な表情をしたその横顔を見ると、社会人になってから突然彼に女性の人気が集まったのも納得できた。悔しいほどに何もかもが様になっているのである。竹内は視線を倉下から窓の外へと移すと、普段は不恰好だと思っていたスカイツリーがやけに凛々しく見えた。